問題1~進む遷移~

うっそうとした森へ かつて、宝が池の森は、アカマツやコナラ・アベマキが主体でした。「里山」と呼ばれるその森は、地域の人が木を切り落葉を集めて利用することで、「植生遷移」がとめられ、遷移初期の森林が維持されていました。明るい森の中では、花木や可憐な草花が咲き、多様な虫や鳥、小動物たちが暮らしていました。ツツジが咲きほこるのは、このような森です。
けれども、昭和30年代以降、森は使われなくなり、人の手が入ることもなくなりました。その結果、木々の密度が高まり、森の中に光が入らなくなりました。そして、弱い光でも生育できる常緑樹のシイが増えてきました。宝が池の森は、遷移によって、とても暗い森に変わってきているのです。遷移が進んだ森では、ツツジも開花しなくなっています。里山特有の多様性にあふれる森の風景が失われてきているのです。

※極相林:植生遷移がそれ以上進まない最終段階の森林で、植物の種類や構造が安定して大きく変化しなくなった状態の森林。
● 森林の遷移が進むと、明るい環境を好む生物の生息・生育地がなくなるため、生物多様性が失われてしまいます。絶滅危惧種の6割が、このような里地里山の生物です。
● 放置され遷移が進む里山を再生するための市民活動や協働の取り組みが、各地で行われています。そのような活動は、日本の豊かな生物相を未来へ継承していく上で、とても重要です。

問題2~松枯れ~

外来種による木の伝染病 昭和60年頃から、日本のマツが次々に枯れ始めました。「マツ枯れ」と呼ばれるこの現象は、マツノマダラカミキリによって運ばれるマツノザイセンチュウという、長さ1mm程度の線虫が引き起こす伝染病です。線虫は、マツノマダラカミキリの噛み傷からマツに侵入し、細胞の内容物を吸い取って養分としながら樹幹に移動し増殖します。この時、マツは根から吸い上げた水を枝先まで運べなくなり、枯れてしまいます。
 昭和40年代までアカマツに被われていた宝が池の森でも、マツ枯れが急速に進行しました。今は尾根の土壌が薄く貧栄養な所にしかアカマツは残っておらず、斜面の広い範囲はコナラやアベマキの落葉広葉樹林に変化しました。マツ枯れの拡大を防ぐひとつの方法は、線虫を運ぶマツノマダラカミキリの数を減らすことです。枯死したアカマツの材を燃料等に利用することは枯死木内で成長するカミキリの幼虫や増殖した線虫の駆除につながります。かつてのような里山利用を行うことは、マツ枯れを防ぐことにもつながるのです。

●マツノザイセンチュウは,約100年前に北米から持ち込まれたようです。線虫の媒介となっているマツノマダラカミキリは昔から日本にいる昆虫です。本来カミキリムシが枝をかじるだけではマツは枯れませんが、両者が一緒になることでマツを枯らしてしまいます。

問題3~ナラ枯れ~

収束に向かうものの、その跡は・・・ 全国的には1980年代後半からナラ類やシイ・カシ類に広がった「ナラ枯れ」。宝が池の森では2010年頃から広がりました。カシノナガキクイムシという5㎜程の甲虫が幹の中で大繁殖し、病原菌が広がることが要因です。日本に古くから生息しているこの虫による被害は50年以上の老齢林(樹)に多く、被害木には多数の穿孔跡がみられます。すべての被害木が枯れるわけではありませんが、森の至るところで立ち枯れが発生し、安全面での問題も生じています。20年前後で伐採し、萌芽更新させていた里山の利用のサイクルが途絶えたことが、爆発的拡大の大きな要因です。枯れたナラの木の多くは伐採され、枯死木の中のカシナガを駆除するため、現場で薬剤によるくん蒸処理が行われています。枯れた木の材を薪や炭等として利用できれば、そのような対策も必要なくなります。マツ枯れへの対策と同様、ナラ枯れについても、かつての里山利用を取り戻すことが防除につながります。

●対策は、駆除としては、立ち枯れ木のくん蒸処理のほか、粉砕・焼却、トラップ等を利用した誘引捕虫、防除としてはウレタンやビニールシート被覆による穿入阻止などが行われています。
●宝が池では、ナラ枯れやマツ枯れの後にソヨゴ林が広がっています。

問題4~増えたシカ~

次世代を担う新芽までたべつくしてしまう 宝が池周辺では、ナラ枯れの拡大と同じ2010年頃からシカの頭数も増え始めました。それまで冬期にわずかな痕跡がみられる程度でしたが、現在は昼間でも群れで採餌する姿を見るほどです。森にとても大きな影響をあたえる状態でシカが生息しているのです。枝葉を失い樹皮を剥されることで枯死する木々も増え続け、一部では林床植物が消失しています。ナラ枯れ跡地では林床まで光が届くようになりましたが、ドングリや芽生え、稚樹まで食べられて植物が育ちません。露出した表土の一部では斜面崩壊も起きています。このような状況は全国的な問題となっています。ナラ枯れの拡大とシカの食害が相まって多くの植物が急激に失われて環境が激変し、様々な生きものの生息にも深く影響を与えているようです。著しく劣化してしまった森を再生するには、人がかかわっていく必要があります。

●森の再生には、「植生を保護し回復を促す対策」と「シカの生息頭数を望ましい頭数に減らして維持していく対策」に同時に取り組む必要があります。 そのひとつとして、一定の範囲にシカが進入しないよう「防鹿柵」の設置が各地で行われ、一定の成果がみられています。